お見舞いにいってきた

親族のお見舞いに行ってきました。

私の家は祖父母4人とも存命というなんとも健康な状態だったのですが、少しずつやはり病気にかかったりしてきて、この前も急に倒れてといったことがあって少し落ち着いたころにお見舞いにいってきました。

 

たぶん職業病だと思うんですが(ICUに入ってるせいもありますが)、無意識に表情を見てモニターを見てラインの位置と種類を見て行ってる点滴を見て尿量を見て、っていう一連の作業をやってしまっていました。

無意識になので全身を見た後にお見舞い、会話をしていないことにやっと気づいて「久しぶり、大丈夫?」と一般人らしい言葉をかけたような気がします。

 

せん妄なのか認知症が少し進んだのかはわかりませんが、親族の一人は結果として自分を認識できませんでした。最後まで弟だと思っていました。

自分の親じゃないというのもあるのかもしれないですが、それでもああせん妄かな、認知症の進行もあるかもしれないけど、疾患の部位からしてこの障害は考えられるだろうか、とか冷めたことを考えていてやっぱり一歩引いて冷めてみてしまっていました。

仮にこれから悪い結果に向かっていったとしても、自分が普段お看取りしているような家族のように感情を爆発させることができるのかはすごく疑問に思いました。

 

こういうとき一般には理解しがたい言動を取るんだなと自分が認識していたら、父親は最初の術前説明のときになんと3年前の当人の脳ドッグのMRIを引っ張り出してきて「今回の病変は前のMRIで見るとどうもこれかもしれない小さいから見逃されていたんだ」とか言ってたらしく、その気持ちも医者としては分からなくもないなと思ってしまいました。

 

難しいですねこのギャップはたぶんもう埋まらないし少し冷めたところでずっと見ている気もします。うちは父母の関係性も不安定なのでおそらく親でもその例外ではないでしょう。

ただ親はまだまだ若いですが徹底したDNRを子供に説いていてあまりそういったことに困ることはなさそうです

 

家の一族はさらにひどくて、、手術中は父親と叔母が固まって座り、母親は明日合唱のコンサートがあるから祈りと称して讃美歌を歌い、弟は呆れてさらに別の一角に距離を置いて座っていたらしく…こういうときに家のばらばら具合は露呈するもんだなと話を聞いておもってしまったそもそもその場に自分がいないのもやっぱりいけないなとも思ったのはありますが

 

なんというかもう全員違う方向に向いていて対応が難しい家ですね実家ながらとてもよくわからない

 

医療者としても一般人としても未熟な人間であった週末でした