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或る男が両家顔合わせをしたときのこと

これはある平凡な男の1日の出来事です。

彼は比較的裕福な家庭に育ちました。彼は癇癪を起す母親に精神的に日々罵倒され、時に身体的に暴力を受けながら、不干渉であまり話さない父親の間で育ちました。

自然と親には何も思ったことを言わないようになりました。

「何か言いたいことがあったら言ってみろ」と言われそのまま思っていたことを言うと身体的にも精神的にも殴られるからです。

 

そんな彼が結婚を決めました。

彼は慣例に則り両家に挨拶に伺い、顔合わせと披露宴の日程も仕事の合間に遠方の実家に帰り了承を得て設定しました。

 

そして顔合わせの日がやってきました。

 

お互いが家族と一緒に会場へ入りました。彼は司会をすることにしていましたが、お互いの両親が題目通りに始めたため予想外に円滑に始まりました。

 

しかし不穏な空気はすぐにやってきました。最初の異変は披露宴の話し合いのときでした。

彼女の親は慢性疾患既往があり和装で披露宴に出席し続けるのが困難で、可能なら洋装で合わせないかと申し出をしたときでした。

彼の母親が冷たく嗤いながら言いました。「結婚式の服装なんて考えてませんでした。わかりません。」

彼は母親が機嫌を損ねたのを瞬時に感じました。

次の異変は婚姻届けの記入をする際に起きました。

もともと事前に記入をすることは伝えており印鑑を持参してほしいと伝えていましたが、彼の両親は印鑑を持ってきていませんでした。

彼の父親は「印鑑なんて持ってくるんだっけ」と言い、母親は「届けを書くって書いてあったじゃない。持ってこなかったの。信じられない」と冷たく嗤っていました。

 

それでも会食は進み、表面上は和やかに終了しました。

 

事態が悪化したのは解散して彼の一家がタクシーに乗ってからでした。彼の弟も同行していたのですが、その弟が「両親は結婚に賛成なのか」と何故か話を切り出したのです。

父親が言いました。「あまり乗り気ではない。決められたことを伝えられただけで相談などされていない。」

母親が言いました。「あの相手の母親は何か病気なのか。手が震えていた。パーキンソン病なのではないか。お前は騙されているのではないか。」

彼女の母親は確かに会食の最中手が震えていました。普段は震えていないことを彼は事前に知っていましたが、その日は震えていました。

母親は続けて言いました。「親が病気の子と結婚するというのに父親のあの立ち振る舞いはなんだ。なぜ止めようとしない。止めようとしないのは父親の役割を果たしていない。」

父親は対抗して言いました。「おかしいとは思っていた。何故か日程を早めに決めようとしてくるし、この病気があるから結婚を迫っているんじゃないか。騙されていると思うなら今から親を呼び出してもう一回白紙に戻すなら協力する。」

彼はもう予想外の言葉に返す言葉を失っていました。

タクシーを降りた後、彼の母親は続けて言いました。「パーキンソン病は親子兄弟全員に発症する。軽く考えているんじゃないのか。苦労するのはあなただ。よく考えなさい。」

父親も重ねて言いました。「どういう経緯であんな子と結婚することにしたんだ。一夜のことじゃないだろうな。」

父親神経内科医ですが、母親は医療事務を取得している程度の一般人です。

彼はもうほとんど言葉を返せませんでしたが、騙されていない、相手を信じている、自分で決めた、とだけかろうじて返答しました。

さらに解散した後彼の母親からLINEが届きました。「衣装の件は納得できない。そもそも日程も勝手に決められた。もうこんな息子の結婚式は行けないかもしれない。ごめんなさい。」

謝罪の言葉は入っているものの否定以外何物でもありませんでした。

 

彼は自分で受け止めきれずに相手に全て隠さず話しました。

 

彼女は普段前向きでとても明るく職業柄クレーム対応も慣れている人です。

そんな彼女が涙を流して「当事者としてかかわることがこんなにつらいなんて」

 

彼の許容の一線を超えたのを感じました。彼が守るべきは親でも親を大事にすべきという常識でもありませんでした。

言うまでもないかもしれませんが、彼の許容の一線は2つありました。

1つは自分が連れてきた相手、さらにその相手を育てた親に誹謗中傷を浴びせたこと

もう1つは、医療従事者ではない人間が完全に間違った情報を自分に述べて脅迫したこと、そしてそれを隣にいる父親が否定しなかったことです。

 

彼は親との連絡を遮断しました。もうこれ以上の連絡をとっても自分と相手にとっても害以外何物でもなくなったのです。

彼は自由になりました。遅すぎる解放だったかもしれませんがきっと少し違う視点でその日から生きていくのでしょう。

終わり